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暗黒の二年間 66 [音楽]

「さあ、本題から逸れてしまったじゃないか。話を戻すとね、これにより君の体内に入った私が私たちの友人を見つけ次第、私はまた猫の身体に戻る。それには数日ないし数週間を要するだろう。その後も君にはそのままの仮死状態でいてもらって、こんどは希薄になっているピーチの本体を再生する。それには…」



ロザリオがそう言いながらモニターの隅に手を触れると、別の映像が映し出された。
「それにはこの機械の中で培養液に漬けるのだな。私と宇宙船が行うので君が関知することではないが」
「機械?これ生きものじゃないか?何かの繭と言うか…」
「そのように見えるけれども、人工物なんだ。簡単に言ってこの身体を作る技術があれば作れるんだ」
そう言ってロザリオは自らを指差した。
「広義には君の身体も機械ということだよね」
「その通り。それで、彼の再生が終わった段階で、眠っている君の肉体に入ってもらい、ひと月余り。君は彼が扉を開けて入って来るのを見るだろう。再開を祝ってくれ」
「それで?」
「それで君は彼がこの次元に目覚めてゆくのを見るだろう。同時に君も彼の意識を通じて世界がまた見え始める。完全にシンクロするんだ」
「つまり、つぎに目覚めるときには別人になっているということだな」
「そう思うだろうが、おそらく実際にはそんな感じはしないと思う。完全にシンクロするということは、まるで自分が現実を生きているように感じる筈なんだ」
「いまとそう変わりはないと?」
「そうだね。それは自分で実際に確かめてみるしかないね。さあ、お茶でも飲んでゆっくり休憩しよう」

タツオ君とロザリオは母艦が用意してくれたもてなしを受け、くつろいだようだった。宇宙空間では時間の感覚は地球のそれとは違っていて、昼夜がない分、出来事の記憶によってそれを確かめるしかなかった。タツオ君はまるで時間が消えたのではないかという錯覚にとらわれた。

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暗黒の二年間 65 [音楽]

「まずは君に、この映像にある機械にかかってもらう」
そう言ってロザリオが指差したモニターには、歯科医院で使用するような、背もたれが大きく後ろに傾いた椅子が映っていた。
「痛いことをされるんじゃないだろうな」
「眠るだけで、何も感じないと思うよ。君は持ってきた本でも読んでいればいい」
ロザリオは笑った。



「随分簡単なのはいいけれど、どういう仕組みで、何をする機械なんだ?」
「だから眠る機械なんだよ。私の作業中に目覚めてもらっては困るから、言った通り仮死状態にはなるんだがね。いいかい、君がここに座るとこの上部にある透明な覆いが降りてくる。そして、ある物質が君を含めたこの内部を埋め尽くすんだ。すると君は組織の維持をその物質に任せて全身的な眠りに入ってしまう。すなわち心臓までもが停止するのだ。それでその後は、私が内なる身体で君の中に入る。幸い君は眠っているから私のもう一つの身体を見なくて済むわけだ」
「幸い?」タツオ君は聞き返した。無理もない。僕は僕らの本体がどのような形状をしているか、一切彼に語ったことはないのだから。
「気にしなくていいよ。言葉の彩と思ってくれたまえ」
「気になるだろう。ピーチは君らの外見が本当はどうかと言うことは全然教えてくれなかったんだ」
「そりゃあそうだろうね。禁則事項なのだから」
「なぜまた?」
「これは冗談抜きに、とても深い理由からだ。とにかく君が空想しているように、とても見られた姿じゃないから、というのではない。私たちは自分たちの形姿に誇りを持っているよ。ただね、いつか君たちはその目で私たちを見つけることになるんだよ、遅かれ、早かれね」
「黒猫じゃなくて?」
「そう。その時はもうこんな冗談みたいな身体は要らないんだ…」
そう言ってロザリオは遠い目をしてしばし沈黙した。

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暗黒の二年間 64 [音楽]

ハッチから広い通路に入ると、以外にも通路の両側に腰の高さくらいの葉の大きな植物がびっしりと生えているのにタツオ君は驚いた。水の流れる音が聞こえる。栽培のために循環させているのだろうか。とても宇宙船の中とは思えない。
「まるで公園かどこかを歩いているみたいだな」
「長旅には日常生活に似た環境が必要だからね」
「この巨大な船に僕たちしかいないのか?」
「そうだよ。必要な設備をつめるものがこれしかなかったのだ。かといって今回の場合大勢でおしかけてどうなるものでもない。私一人で来たというわけさ」
「失礼ながら私もおります」
通路の上部のほうから流暢な日本語が聞こえてきた。
「あれは?」
「あれはこの母艦の声だ。地球の日本語を完全にマスターしているから、なんでも命令してやってくれ」
「やあ、宇宙船君。はじめまして」タツオ君はどこにしゃべってよいかわからず、きょろきょろとあたりを見回しながら挨拶した。
「お会いできて光栄です。タツオ様」
「こちらこそだ。きみは…きみの本体はどこだ?」
「私の頭脳のことでしたら、それは現在タツオ様がいらっしゃる所から50メートルほど先にある統括センターです。今向かっていらっしゃるところです」
見ると通路の突き当たりにやさしい緑色の光が四角く灯っていた。
「あそこか」タツオ君は思わず小走りになった。
「タツオ君、宇宙船は逃げないよ」ロザリオが後ろから叫んだ。



緑色の四角はタツオ君が近付くと、自ら消えた。そして目の前には円形の部屋が広がっていた。中央に円卓のようなものがあり、数個の座席がそれを取り囲んでいた。円卓の水平な上部は一つのモニターになっていて、何かの機械らしき画像と、文字らしき羅列がそこに映っていた。
「ロザリオ様、すぐに段取りの確認に入られますか?」宇宙船が問いかけた。
「うむ、簡単に確認をしてから、お茶でも飲もう。そのあとゆっくり始めよう」
「承知いたしました」
「タツオ君、そこに掛けてテーブルのモニターを見てくれ」
「ああ」タツオ君は円卓のまわりの座席のうちの一つに腰を下ろした。
ロザリオは猫の身体のままテーブルに飛び乗り、僕を救出する方法の解説を始めた。

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暗黒の二年間 63 [音楽]

「タツオ君、木星だ」
眠りから覚めてぼんやりとしていたタツオ君に、ロザリオが言った。
「ほんとうだ、まだ随分遠いな。ここからだと雲の様子も良く分からない」
「今から母艦に乗り入れる」
「え?どこに母艦が?」
「目の前だ」
そう言うとロザリオはタツオ君にはわからない言語で何かをつぶやいた。
突然目の前がみるみる明るくなって来たかと思うと、その輝きは椀を伏せたような大きな半円形を形作った。母艦のハッチが開いたのだ。今まで宇宙空間だと思っていた闇に同化するように、真っ黒な宇宙船がそこにあったのだ。



「驚いたなあ。ぼくは木星の上空まで行くものと思っていたから」
「付近の軌道上だ。上空なんて、重力圏に入ったら大変だよ」ロザリオは笑った。
「出て来られない?」
「この母艦なら可能だが、エネルギーを浪費するだけだ。それに僕らの身体がつぶれないように船内の重力をコントロールするのにもエネルギーを消費する。近づきたくない場所だよ」

乗って来た小型機がゆっくりと静止したかと思うと、今度は回転しながら下降を始めた。これはハッチ内の床の一部が下り始めたのだった。やがてその回転と下降も止まると、ロザリオが言った。
「さあ、降りようじゃないか」
「ちょっと待って」そう言ってタツオ君は持ってきた荷物のところへ歩いて行った。
「一応これだけは持って行くか」
タツオ君は一冊の文庫本をリュックから取り出した。
「なんだいそれは?」
「笑うかも知れないが、般若心経とその解説だ」
「笑うなんてとんでもない。地球の名著じゃないか」
「そう思うかい?僕は結局これが一番落ち着くんだ。声に出して読むわけではないが…」
「短いが素晴らしい経典だ。多くの地球人は『空』を理解してはいないが」
「君たちはそれを理解できる」
「君も理解しているさ。ただしょっちゅう忘れるがね…」
「真実が見たい…」
「わかっているはずだ。目の前にあるのが真実だよ。その真実について脳が勝手な解釈をするから、それは真実ではなくなってしまう。これは自分にとって良い真実だ、この真実は都合が悪い、さっき真実が見えたような気がしたが、もう一度見たいなあ、それで最後は、果たして真実とはなんだろう?ってね」
「脳はやっかいな代物だねえ…」
「思考の使い方を間違えているんだよ。真実を見出すために思考は役に立たないのに、一生懸命考えるのだな」

乗船した時とは異なる壁の一部分が開き、船の外壁を変形させながら、床までの橋が斜めに伸びていった。伸びてゆく橋をたどるように二人はゆっくりと歩いて行った。


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暗黒の二年間 62 [音楽]

行きの宇宙船の中では、何もすることがなかった代わりに、タツオ君はロザリオに様々な質問をした。ロザリオはそれに常に簡潔に答えた。しかしその質問すら尽きるころになると、タツオ君は宇宙船の外側の星空だけの世界を見つめていたが、それはとりもなおさず自己の内面を見つめる行為だった。このまま僕が救出されれば、今度こそ自身の肉体を明け渡し、通常の意味で言う人生は終わるのだ。しかし非力な自己にしがみついて何になろう?地球が末期的な状態に突進していることは分かっていた。


Billy Joel - Honesty 投稿者 INDIEN94

「ロザリオ、ひとつ聞きたいんだが…」
「いいとも。何だろう?」
「彼ら、彼らと言えば君なら分かるだろうか?地球上に現れた彼らのことなんだけど、彼らはそもそも生粋の地球人だったのだろうか?」
「ああ、そこに考え至ったね…。それはね、ほとんど出生はそうだが後から、青年期や人生の中盤などから、次元の異なる生命が入り込んでいる。もとから受け入れる素地が整っていたことは確かだがね」
「彼らはみな歴史に刻まれた人物なのだろうか?」
「とんでもない。全く誰にも知られずに生きることで、あるいは死ぬこと自体によって、その役目を果たした者たちもいるのだ…。そこに彼らの選択はないに等しい。すべて明け渡してしまったのだからね」
「明け渡した後は、生きるも死ぬもお任せってことか…」
「その通り。タツオ君、君は自身の特徴を知っているか?」
「特徴?どんなんだろうな、ある程度は知っていると思うが…」
ロザリオはほんの少しだけ微笑んだ。そして続けた。
「君は何か欲しいものがあるかい?」
「ああ…、それが…どうしてなんだろう?何も欲しいとは思わないんだ」
「以前は欲しいものがあっただろうか?」
「ずいぶんと小さい時分は、おそらく…おもちゃとか…。しかし思春期を過ぎたころからかなあ、何も欲しくなくなってしまったような気がする。親父が死に際に言ったんだよ、『お前はどういうわけか、何も欲しがらなかった』って」
「お父上はきっと、君に何かをねだってほしかったのだろうね…。君をモニターすると、本能的な欲求以上の二次的な欲望は、厳密に言うとほとんどなかったのだよ。お父上は
幼少のころからの君の特異性に気付いていたんだ。そして自分が息子にしてあげられることは何もないのではないか、と思うことが辛かったようだね」
「お袋は?お袋はなぜああまでヒステリックに僕に当たったのだろう?」
「それはほぼ、同じ理由からと言える。欲望がないことは、肉体的生存への意志に乏しいことが指摘できる。お母上はそれを母性本能的に直観なさっていたのだ。君の方がお母上よりも早く死んでしまうのではないかと…。それがお母上の気性を狂わせていたとも言えよう」
タツオ君は驚いたように顔をあげた。
「ああ、そう言えば、そう言っていたことがある、『お前は大人になる前に死んでしまうような気がしてならなかった』って。やっぱり亡くなる少し前だったかなあ?」
ロザリオは頷いた。
「そして実際に君は、子供のころから世をはかなんで生きてきた…」
「やはり僕ほど親不孝な子供はいないな…」
タツオ君はそう言ってまた窓外の星空に目をそらした。
「タツオ君…、しかし僕らにとってはそれが一番ほしい素質だったんだよ…。君にはもともと、ウォークインの妨げになる要素がない。そしてそれはそのまま君の感覚を鋭くし、君のコンタクティーとしての才能となっていたんだね…。だからこそ今闇の底にいる我々の友人は、君を発見したんだと思う」
「そうだね…」
「タツオ君…忘れないでほしい、全ての生命はその根幹において一つであることを…」

タツオ君の中で、自分の命と宇宙全体の生命とが、まるでひとつの身体の中を駆け巡る血液のように循環しているヴィジョンが映し出されていた。地球時間でもう一晩眠るころには木星に到着するだろう。タツオ君はゆっくりと、瞑想の中に入ってゆくように目を閉じた。ロザリオは僕でさえ分からないほどの深淵を見つめて、目を見開いたまま、ぬけがらのように静止していた。


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暗黒の二年間 61 [音楽]

「今のうちにゆっくり味わっておきたまえ」
コーヒーをすするタツオ君にロザリオは言った。にわかに不安がタツオ君を襲った。



「何だか嫌な言い方だなあ。本当に死んだきりになったりしないだろうなあ?」
「手順を間違えなければ大丈夫だ。焦らずゆっくりやるつもりだ。そのために母艦での長期滞在を選んだのだからね」
「着いたら僕は食事もコーヒーもなしで眠り続けるわけだろう?」
「そうだよ」
「身体は維持できるのかねえ?」
「その心配なら無用だ。一切カロリーを消費しなくなるから」
「冷凍睡眠か?」タツオ君が尋ねると、ロザリオは笑った。
「僕たちはその方法は使わないんだ。局所的に時間をコントロールできるからね」
タツオ君は僕の持つ、同時刻に数ヶ所に存在出来るという能力のことを思い出していた。
「ああ、君たちはそうなんだったな…つまり、僕の体内に流れる時間を止めるのだな?」
「そういうことだ」ロザリオは頷きながら答えた。
「まてよ?すると君たちは未来に何が起こるか知っているということにならないか?」
タツオ君は以前から抱いていた疑問を、この時ばかりと口にした。
「そう思うのは地球人らしいところだね。確かに僕たちは未来を見ることが出来る。しかしそれは今この瞬間算出した未来であって、1分の後にもう一度見ると結果が大きく変わっている、ということもあるんだ。従って、起こる出来事の確率の大小をあらかじめ予期することしか出来ないんだ。君がくしゃみひとつするかしないかの違いで、さまざまなことが変わることもあるんだ」
「何だか指一本動かすのもためらわれるような話だな」
「そうなんだ。未来を知ることは多くの場合、現在に生きる存在にとっては行動の純粋さを奪うものなんだ。そしてそれは無力化につながり、結果として悪い未来を招くことも多い。あるいは、ある特定の未来が来るように、または来ないようにする試みが時空間にひずみを作り、別の個所に思わぬ影響をもたらしてしまうこともある」
「結局人間は何を指針に生きてゆけばいいんだろう?」
ロザリオはその質問に首を横に振って答えた。
「指針という考え方が、すでに人としての可能性を半ば放棄しているのではないだろうか?自らを指針としなくて創造があり得るだろうか?」
「ないだろうね…」
「人は今この瞬間を自由に選択することではじめて創造的になり得る。与えられた人生を生きることは死ぬことだ…」

宇宙は静かだった。そして彼らの話声を、誰ひとりとして立ち聞きする者はなかった。

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暗黒の二年間 60 [音楽]

近年は地球の上空も宇宙船の長期停泊には向かない状態になった。地球人の探査網をくぐり抜けながらそれを行うのは困難だ。ロザリオは近くてもできるだけ見つかりにくいところを選び、母艦を木星の軌道付近に停泊させておいた。



小型の宇宙船は、質量をそのままに、ある程度まで大きさを変えることが出来る。猫一匹が乗って来た船内は狭すぎるので、ちょうどタツオ君の住まいと同じくらいの広さに居住スペースを変形拡張した。といっても全自動で動く船内は機械などがむき出しになっているところはないから、全部が居住スペースのように感じられるのだが。一応前方上部のリビングをコックピットということにして、ソファーとテーブルを置いた。金属質の壁に囲まれて殺風景な他は、なんら地球の家庭と同じだ。そこではロザリオが、タツオ君には聞き取れないようなわれわれの星系の言語で母艦と会話した。といってもこの母艦にだれかが乗っていたわけではない。母艦そのものも人工知能だけで制御されているためだ。

「今何て言ったの?」ソファーの肘掛けに足を投げ出したタツオ君が何の気なしに質問した。
「母艦に到着予定を知らせたのだ。およそ三日後」
「あいかわらず早いな」
「これでもゆっくりだ。ジャンプするわけでもないしね」
「ああ、あれだけはごめんだな、一度ピーチに連れられて太陽系外へ出た時経験したけど、いろいろなあり得ないものが見えて、何だか酔いそうになる」
「重力はちょうどいいかい?地球と同じにしてあるんだが」
「全く違和感ないね」
「低重力が楽なんだが、地球へ帰った時苦労するからね、それに今回は長期だし」
「本当にただの旅行だったら良かったんだけどなあ」
タツオ君は不謹慎だとは感じつつも、楽しげな希望を口にした。
「真っ暗な宇宙旅行でも楽しいのかい?」
「星の付近まで行けばね。そりゃあ道中は地球の旅行の方が楽しいさ、窓の外の景色が変わるんだから」
「他の星に下りればもっと楽しいんだけどね。地球近辺の星だと船外に出られないからね」
「ぼくら地球の人間からするとあまりに遠すぎるんだよ、知的生命がある星が。そう思わないかい?」
「無理もないさ。自力でそこまで行けないのだから。でもそれは昔、海外の国々が遠いと嘆いていたのと同じさ。いずれは身近になる。その前に絶滅しなければの話だけれども…」
「絶滅…するのか?」
「わからない。して欲しくはないと願っている」

タツオ君はロザリオが本当にその答えを知らないのか怪しんだが、僕たちが絶対に未来を限定した言い方をしないことを知っていたために、それ以上の質問はしなかった。

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暗黒の二年間 59 [音楽]

出発はしかし年明けの2011年1月となった。一つには昨年受けたタツオ君のイラストの仕事がリピートしたからだ。高倉さんの発注を断るわけにはいかない。納期が12月20日だったため、それを終えて、ついでにクリスマスとお正月を祝ってゆこうということになった。タツオ君は急がなくてよいのかとしきりに心配していたが、こちらはもう、時間とは無縁の場所にいるのだ。従って早いとか遅いとかいう問題ではないのだということをロザリオから教えられ、同意したというわけだ。



そして出発の日、時間帯は真夜中だった。家族に対しての名目は「宇宙旅行」。ご近所や親せきに対しては、「長期出張」ということにしてある。真夜中の出発であるうえ、さわぎにしたくなかったので、自分たちだけでひっそりと行かせてくれるよう、タツオ君はマコさんには頼んだ。
この山間部の田舎町の良いところは、人目が少ないことと、真夜中に起きている人がいないということだった。

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暗黒の二年間 58 [音楽]

いざ会社を辞めるとなると、引き継ぎも楽ではなかった。特にタツオ君のやっていた仕事はだれがやっても難しく感じる仕事なのだった。それでも後任にベテランをつけてもらい、何とか引き継ぎは終えた。そして重荷をおろしたタツオ君の心中には今までになかった開放感が訪れた。


John Lennon - Mind Games 投稿者 bebepanda

「これで旅に出られるな」ロザリオが言った。
「やはりここではまずいわけだな?」タツオ君は研究所の床を指さした。
「大いにまずかろう?死ぬわけだから」
「死ぬと言うな。ところでどこに旅に出るんだ?」
「地球人のいないところだ」
「まさか…?」
「故郷まで行くなんてことはないさ、母艦を呼んであるのだ」
「母艦!二年近く前に東京の真上に来ていたという、あの…」
タツオ君はにわかに興奮した。
「そう。そこまでは私の小型機で行く」
「そうだ、その小型機とやらはどこに置いたんだ?」
「そこだ」
そう言ってロザリオは研究所の窓の外を指さした。それは今は何も栽培しておらず、刈った植木の枝などが無造作に積まれたこの家の畑の跡だった。
「君たちが不精で助かったよ。あの処分されないたくさんの木の枝でカムフラージュしてあるのだ」
「全く気付かなかった」
「だからあそこにしたのさ」

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暗黒の二年間 57 [音楽]

「ピーチおかえりなさいパーティ」の翌日、タツオ君は上司に辞表を提出した。もはや相談している暇はなかった。
「おっと…、今回は唐突に来たな」上司の態度は落ち着いていた。
「どうしてもやらなければならないことがあります」タツオ君が言った。
「病気が辛いのなら休職ということにしてはどうだ?」
「ありがとうございます。ですがそれはまた別問題です。休職後に復帰するというつもりもありません」
「相変わらず、オール・オア・ナッシングな性格だよなあ、潔いとも言うが…」
「はあ…」
「俺は何回ひきとめたかな?」
「三回か…四回でしょうか?」
しばしの沈黙があった。


10Cc - Rubber Bullets - Life Is A Minestrone... 投稿者 goldrausch

「もうとめないよ…。長年やってて、お前ほど頑固な奴もはじめてだ」
「すみません…」
「まあ…、たまには遊びに来るんだぞ」
「…ありがとうございます」

そして退職日付を11月末日とし、タツオ君は退職することになった。だが勤務はほぼ引き継ぎのみを行うこととし、残りの有給休暇を考慮して、実際の勤務は11月の中旬までとなった。

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