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暗黒の二年間 56 [音楽]

「おかえりなさい!ピーチ」
サキちゃんとサトくんは声をそろえてそう叫ぶと、クラッカーを鳴らした。
卓上には円形のデコレーションケーキまで用意してある。
「どうもありがとう」そう言いながら僕になり済ましたロザリオは、小声でタツオ君にささやいた。
(ちょっとやりすぎじゃないのか?)
(いいんだよ、おかげでシャンパンが飲めるんだから)



特別な余興は何もなかったが、マコさんも、子供たちも僕の帰還を心から喜んでくれた。そのことに感謝したい。実際には闇の中に埋もれていたのだとしても。ロザリオは子供たちから質問攻めにあっていたが、僕の不手際を補う形で適当な言い訳をしてくれていた。そのこともありがたかったと思う。

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暗黒の二年間 55 [音楽]

「正直言って、今度は君の命にかかわる問題だ」
「本当か?」
「本当だ。さまざまな図形に情報が乗っていることは、君も知っているだろう?」
「知っている。ピーチがこのブログにも書いていたよ」
「その通り。それで私が内蔵している図形を君の中で使用する時に、その情報の量の莫大さに神経系統がショートしてしまうのだ。君が使用したものとは次元が違うのだ。だからショートを防ぐために、一旦君に仮死状態になってもらう。作業が無事終われば、私が仮死状態を解くが、私が生還しない場合君は仮死状態から、本当の死人になるわけだ。命を捨てる覚悟はあるか?」
生命保険に入っているからOKだ」そう言ってタツオ君はにやりと笑った。
「恩にきる」
「絶対にあいつを助けてやってくれ」
「最善を尽くそう」


ELO - Mr. Blue Sky 投稿者 dleyton

そして、またこの家に黒い猫の姿をしたエイリアンが住み着くことになった。知っての通り、僕は一時故郷へ帰ったことになっているため、マコさんや子供たちに対しては、ロザリオは僕を演じることとなった。これにはロザリオとしての存在を明かすことが規則で許されていないためである。あくまでも僕がここの担当だからだ。

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暗黒の二年間 54 [音楽]

「それで?方法はどんなものなんだい?」タツオ君が尋ねた。ロザリオは窓際に置いてある天体望遠鏡をいじっていた。
「ああ、失礼。この前私がちゃんと身体を持って地球に存在していた時代には、こんな物はなかったのでね」
「天体望遠鏡がない頃って、いつだよ?」
「二千年くらい前」
「何をしていたんだよ、地球で」
「教えてあげたいが機密事項だ」
「だと思ったよ」


David Bowie - Cat People 投稿者 FerdaO

「さて、まずは準備からだが…、君ドラッグをやっているね?」
「向精神薬のことか」
「まずはそれをやめたまえ。君は病気ではない」
「病気じゃない?記憶がなくなったのも、別人格が現われたらしいのも、違うのか?」
「そうだ。実はあの時予定よりも一カ月以上も早くピーチ人格が表面に現れたのだ。当然合一は不完全のままだ。君とピーチは全く連携していなかった。」
「そんなに早く?なぜ?」
「デリケートな時期に君が無理をしすぎたせいだ。身も心も疲れきっているというのにいろいろがんばってくれたおかげで、君の魂そのものがときどき自己を閉ざしたのだ。そして主人を失った肉体の方は中にいたピーチを引っ張り出したというわけさ」
「自己を閉ざした覚えなんてないよ」
「それは君の記憶だろう?脳の記憶だ。だが魂とは記憶に残らない、つまり意識されないものでその多くが締められているのだ。その魂が自ら肉体を離脱してしまったのだよ」
「幽体離脱なら数え切れないほどしているが?」
「幽体と言っても二つあるのだよ。離脱して良い方と、離脱すると命に関わる方とね。君の場合両方が離脱してしまったわけで、肉体の神経系統がパニックを起こしたんだ」
「そうだったのか。では記憶がなくなった間は、あいつが僕の身体をあやつっていたんだね?」
「その通り。しかも君は病気だと思い込んでしまった。これは完全に私とピーチが予期しなかったことだ。そしてその薬…、感心しないな。君、それがピーチが落っこちた直接の原因だよ」
「…済まない」タツオ君はロザリオの目を見つめて詫びた。
「向精神薬に限ったことではないんだがね、多くの劇薬が肉体と魂の接続部分に損傷を与えるんだよ。ピーチはあのころようやく君の肉体に馴染んできたころだった、そこへ君が薬を服用したために接続が解除されてしまったのだ。かといって肉体の出口の方は君がふさいでいるから出られない、あとは深淵に落ちるしかなかったんだよ。これがウォークインに伴う真のリスクだったのだ。君に心配を掛けぬよう、そこまで説明しなかったのだ」
「わかった、薬は止めよう」
「そうしてくれ。だが同時に今度こそ会社は辞めてもらう」
「無理はしない、ってことだね」
「そう。それだけでなく、こんどは君が期間未定で気絶することになる。どのみち会社へは行けないんだ。会社に迷惑をかけたくないなら、今すぐ辞表を出してくれ」
「そんな大仕事なのか?」
「仕事自体は比較的単純なのだ。だが私が内蔵している幾何形体が問題なのだ」
「…どういうことだ?」

タツオ君は昨年のウォークイン前の緊張の日々を思い出していた。

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暗黒の二年間 53 [音楽]

タツオ君の中で、ようやく忘れかけていたエイリアンとの交流の日々が蘇って来た。
「まさか…ロザリオ…?」
黒猫は笑った。猫が笑う?それは長年猫の姿をした僕と過ごしたタツオ君だからこそ見抜ける表情の変化なのだった。


Radiohead - High And Dry (Version US) 投稿者 nopulse

「いかにも。私だよ」
僕そっくりの黒猫はロザリオが宿った新しい合成身体なのだった。
「いつ来たんだ?」タツオ君は問いかけた。
「今日はついさっき。それ以前にも地球次元の身体なしで何度か来たが、一向に君は気付かなかったからねえ。こっちはお手上げだったよ」
「ピーチは…、ピーチの声も聞こえないんだ。あいつはどうなってしまったんだ?」
「それだ。それが問題なので私が来た。こんな身体でね。彼は救い難い闇の中へ落ちたよ…」
「落ちた…闇に…?」
「そうだ。現在ではそこで意識をなくしてしまっている。特別な装備なしでそこに落ちると、だんだんと闇と同化して自意識を失うんだ。従って彼はその魂ですら現在どこにも存在しないことになる」
「魂が死んだのか?」
「いや。魂は不滅だが、その個体性を失ってしまったんだ。こうなると自力では絶対に出て来られない」
「助けられるのか?君なら」
「…分からない。これまでやったことがないからね。だが理論上は出来る筈なんだ。かつて成功した例もある。それに、そのための幾何形体がすでに私の中に埋め込んである」
「幾何形体?前に君たちが僕に埋め込んだやつか?」
「いや、あれは地球人用だ。私たちはもっと微妙で複雑なものを使う。君に説明しても分からないよ。なにせ便宜上幾何形体と呼んでいるだけで、地球人の視覚で見たらすでに形と認識できるものではないからね。ともかくそれをわざわざ埋め込んで来たのだよ。未知のダイビングを楽しむためにね」
「冗談だろ」
「冗談だ。君にコンタクトが取れないと分かってから地球時間で10カ月だよ。全ての図形の埋め込みに10カ月かかったのだ。それで来るのが今日になってしまったんだが、その間私にも笑えない苦労があったのだということは理解してくれたまえ」

タツオ君は黒猫の姿でやってきたロザリオを研究所に招き入れた。

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暗黒の二年間 52 [音楽]

タツオ君は秋の夜道を歩いて帰った。道沿いに流れる小川のせせらぎに交じって、コオロギの鳴く高い声が、そこかしこから聞こえてきた。道々今日偶然にも蓮池さんに声を掛けられたことを、何か意味のあることのように考えながら…。


Nirvana Smells Like Teen Spirit 投稿者 stefdasse

家に着くと、タツオ君は宇宙科学研究所の前にぎょっとするものを見つけた。かつての僕そっくりの黒い猫が、まるでタツオ君の帰りを待っていたかのように、研究所の入り口の石段に座ってこちらを見ているのである。
(ついに幻覚まで見るようになったか…)
そう思った時、黒い猫は唐突に人語を喋った。それも日本語だ。
「やあ。帰ったね」
タツオ君は幻聴をかき消そうと耳をふさぎ、首を激しく横に振った。
「やめろ!」
「何をやめたらよいのかな?」
「お前が…、いるはずがないんだ!こんなところに!いや、もうどこにだっていやしないんだ!」
黒猫は石段を下りてタツオ君に接近してきた。
「私は実際にここにいるが?」
「来るな!化けて出たのか?」
「化ける?まあ確かにこれも化けているのに違いはないが、何か勘違いをしていないか?タツオ君」
「やめてくれ、お前は火葬になった筈だろう、もう灰になってしまったんだよ」
タツオ君の顔面がひきつり、みるみる蒼白になってゆく。
「火葬?ああそうだったね。君の友だちは不要になった合成身体を火葬にしてもらうと言ってたっけねえ」
「友だち…?君は誰なんだ?」タツオ君は耳をふさぐのをやめて恐る恐る問いかけた。
「こんな格好をしているとはいえ、私がだれか分からないなんて、君の能力は一体どこへ消えてしまったんだい?」
落ち着いて聞いてみると、かつての同居人の声ではないことに気付く。それよりも女性的な、高い声なのだ…。

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暗黒の二年間 51 [音楽]

「そうそう、原画だったな」そう言って蓮池さんは奥の部屋から、梱包されたダンボールを持ってきた。



「原画展をやったから、こんな状態でな」
ようやく梱包を解いて出してくれた原画はきちんと額装されたものだった。夏の小川であそぶ子供たちが超細密なタッチで描かれていた。魚とりをテーマにした絵本の中の一ページだ。
「すごい、これを描いている道具は?」
「これさ」そう言う蓮池さんの手には一本の極細面相筆があった。
「ゼロ号ですか?」
「輪郭はほとんどこれだね、その他も全部面相さ」
「絵具は?」
「俺は透明水彩だけだ」

何というシンプルな画法だろうか。タツオ君のようにあれもこれもと試みる人もいれば、素朴な画法にとどまり、いつまでも保ち続けている作家もいる。この蓮池月夫という作家は、タツオ君が子供だったころから常に変わらぬ技法を貫いてきたのだった。自分とはまったく別の在り方をする存在を改めて確認することで、タツオ君も自分の位置づけを再確認したようだった。

その日、蓮池さんはタツオ君もよく知っている著名な絵本作家や漫画家などの、知られざる話を沢山教えてくれた。蓮池さんもタツオ君が出版美術についての詳しい知識を持っていることを喜んでくれたようだ。話ははずみ、帰る頃にはすっかり暗くなっていた。


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暗黒の二年間 50 [音楽]

蓮池さんは奥の台所に消えると、しばらくしてお茶を持って来てくれた。



「勤めはまだスーパー?」
「いや、いろいろあって…今はメーカーなんですよ」
「いろいろやってるんだなあ、俺とは大違いだ」
「だけどいまだに絵描きになれません」
「そうか、描いてるって言ってたよなあ、子供のころはやってなかったろう?」
「そうですね、でも高校から油絵をはじめたんです。そのころにはもう蓮池さんとも会わなくなっていたから」
大学を出てから東京へ行ったんだろう?」
「そうです。でも今となっては何をしに行ったのかわかりません」
「帰って来たのは何年前だっけ?あの七夕の年だから…」
「7年前くらいですかね。帰って来てからも随分時間を無駄にしました」
「だけどちゃんと家族を養っているじゃないか。それで充分だろう」
「そう思えたらどんなに楽だったか…」
「何か悩んでる?さっきは今にも死にそうな顔してたよ」
「いやだなあ。だから声をかけたんですか?」
「そういうわけでもないけどさ」そう言って蓮池さんは笑った。

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暗黒の二年間 49 [音楽]

それから蓮池さんとクッキーとともに、橋から五百メートルくらいだろうか、町なかに近い方へ歩いてゆくと、タツオ君も良く知っている寺院のすぐ近くに蓮池さんの住まいはあった。



「いまだにこの貸家を借りてるのさ。その代わり三軒全部借りている。冗談みたいだろ。何しろ物が増えちゃってね」
「そうだったんですか」
「まあ、話は仕事場でしよう。いつだっだか七夕祭りで会ったとき、俺の原画がみたいと言っていたもんな」
クッキーを庭先に繋ぎながら、そう言って蓮池さんは三軒貸家の一番手前にある一棟に入っていった。
「散らかってるけど入って」

蓮池さんの仕事場は、机に座布団というスタイルだった。机の上は色を塗っていない下書きのようなものがあり、あとはペンや画材で埋め尽くされているようだったが、良く見ると蝶やトンボなどさまざまな昆虫の死骸などが陶器の皿に乗っていた。これが「自然の中で遊ぶ子供たち」を一貫して描き続けてきたベテラン絵本作家の仕事場なのだ、と思うとタツオ君の中ににわかに忘れていた興奮が蘇ってくるのだった。


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暗黒の二年間 48 [音楽]

2010年の秋がやってきた。秋晴れの、穏やかな日だ。あいかわらずタツオ君は、喜びも悲しみもないフラットな意識の中で過ごしていた。その日は仕事が休みだったため、たまには散歩でもしようと、ウォークインの前に僕と歩いた道をゆっくりと歩いていたのだった。
まるであの時を再現するかのように…。



川沿いの道を歩いてゆくと、古い橋のたもとへ出る。タツオ君は橋を渡って、反対側の斜面を下りてみた。これもあの時と同じだ。緑色の急流を眺めていると、橋の上から声がした。
「タツオ君、タツオ君じゃあないか?」
橋を見上げると、犬を連れた年配の男がこちらを見下ろしている…。タツオ君にはその人物がだれかすぐに分かった。
「蓮池さん?」
その人物、分厚い眼鏡をかけ、野球帽をかぶり、一見したところこのあたりの農家のおじさんにしか見えないその人物こそ、出版美術の世界の人々がカリスマと崇める絵本作家、蓮池月夫その人だった。
「久しぶりだな。こんなところで何してる?」
「いや、散歩です。ここはクッキーの散歩コースですか」
クッキーとは連れている犬の名である。蓮池さんの絵本には、デビュー作から現在に至るまで、必ずこの犬が登場する。
「いつもじゃないがね、今日はこっちを歩いてみた」
「そのクッキーは何代目ですか?」
「4代目だ。こいつはメス」
「そうですか、本の中ではオスですよね」
「そうだ。暇なんだったらうちに来いよ、子供のころからついぞ来たことがなかっただろう」
「いいんですか?」
「いいさ。あいかわらずのんびりやってるんだ」

なぜこのような人物とタツオ君が知り合いなのだろうか?
それはタツオ君がまだ小学生だったころに遡る。

当時、若き蓮池さんは初めての絵本にして不朽の名作、「やまどり」を出版したばかりだった。そして自然を描くため、東京から田舎暮らしを求めてタツオ君の住むこの町に移住してきたばかりでもあった。そのころは犬の散歩ではなくて、ジョギングが蓮池さんの日課で、タツオ君たちの遊び場はそのコースになっていたのだ。「おい、仲間に入れてくれよ」そう言って蓮池さんはタツオ君たちの石蹴り遊びに入って来たのだった。それ以来、三角ベースやら虫とりやら、一緒に遊んでいるうちに、子供たちはすっかり蓮池さんなついてしまったのである。とりわけタツオ君の家にはたびたび寄ったので、当時健在だったタツオ君のお母さんや、妹さんなども含めた交流があった人なのだ。

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暗黒の二年間 47 [音楽]

日々は過ぎていった。春が来て、夏が来た。タツオ君の目にも季節が移り変わってゆくのはよくわかったのだが、それが時間の経過であるという認識は浮上してこなかった。生活のための労働をしているだけの日々を、無意味だと感じてはいたのだが、そのことに対する焦燥感を抱くことはなかった。いや、抱くことが出来なかったのである。



たしかにタツオ君はある種の平穏さの中にいた。怒りや不安のない日々。
(ひょっとしてこの薬を世界中の人々が飲んだら、戦争は無くなるんじゃないのか?)
ついにそんなことまで考えるようになっていたのである。
そしてこのような日々がいつまで続くのかと思いつつも、一方でいつまで続こうと、明日突然終わろうと、どちらでもよくなっている自分に気付くのだった。

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