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暗黒の二年間 29 [音楽]

僕の宿主であるタツオ君は、一種の責任感から、日頃会社でも人一倍仕事を抱え込む質だった。そして性格からそれを完璧にやり遂げなければ気が済まない面もあった。そして周囲はそれをよく知っており、信頼をおいていた。すでに退職を決めてはいたが、そう簡単に辞めさせてもらえない理由もひとつにはそこにあったのだ。そして季節は2009年の晩秋、十一月も終わろうというところまで来てしまっていた。



「辞めて家族は一体どうするんだよ?」
タツオ君の直属の上司である人物が言う。
「貯えがありますし、次にやる仕事もとっかかりがつかめているから大丈夫です」
「ああ、あの、絵を描いて独立するとかってやつだろう?まだそんなたわごとを言っているのか?」
「はあ…」
「賛成できんな、全然。今の給料でどうして満足できない?人事に散々交渉して、会社の規定を無視してまで上げた金額だぞ。それもこれも、お前の能力を俺が一番良く知っているからだ。それを上回る収入が得られるとでも言うのか?」
「部長、これはお金の問題ではないのです」
「金以外に何の問題がある?男は稼いでどれだけ家に金を入れられるかでその価値が決まるのだ。奥さんだってそれを望んでいるに決まっているよ」

価値観と言おうか、視点のあまりの違いに僕たちは言葉を失った。そしてこの押し問答が今後幾度となく繰り返されることとなるのだ。タツオ君はいかに価値観が食い違おうと、上司の態度を一種の愛情と考えていたので、退職に反対されているうちは、辞表をたたきつけるなどということができなかった。しかし僕たちには時間がなかった。すでにスタートしている絵の仕事もそうだったが、それ以上に問題なのは、現在表面に出ているタツオ君の人格と、背後に隠れている僕の人格とが入れ替わる時が、約一カ月後に迫っていたからだ。

乏しい時間の中で、僕たちは全く種類の異なる仕事を曲芸のようにこなさなければならなかった。そして今の時期は、そのような激務に耐えられる時期ではなかったのだ。やがてタツオ君の精神は疲弊し、ぼくはそれを固唾をのんで見守らなければならなかった。他にもさまざまに厄介な諸事情が重なり、ついにリスキーなウォークインの待機状態に異常が出始めたのだった。

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